こういうところも知っておきたい

インド映画の面白さが理解できないなんて辛すぎるとは言わない。どうして見ないんだと尋ねられたら、多くの人が一番に出るであろう答えは『言葉が分からないから』という点ではなかろうか。もちろん吹替や字幕付きで見れば言語を知らずとも楽しめますが、英語と比べると親しみやすさは桁違いです。インドはともかく、周囲の中東国に対する日本人が抱くイメージについて言及すると、正直良いと言い切れないのが現状だ。

それでもインドはここ数年で見ても、世界経済で段々と重要なポジションにのし上がっていることを考えると、主要な言語について学ばずとも知識として頭の片隅に入れておくだけでも十分ではなかろうか。劇中で使用されている言語といえば、主要なものはなんといっても『ヒンドゥー語』が主力となっている。産業において最も使用されている頻度が高い言葉となっていますが、実は言語ごとによる違いもまたインド映画を語る上で大事な要素となっています。

ボリウッドとは、インド映画産業の一角を指す

先に紹介した『チェイス!』・『きっと、うまくいく』などはインド国内で使用されている言語の中でも、日本人でも聴いたことのある『ヒンドゥー語』を用いてます。前者はアメリカを舞台にしているので英語との同時併用となっていますが、きっと、うまくいくでは基本的にヒンドゥー語がメインだ。この日本で話題を博しているインド映画というものは、基本的にはヒンドゥー語の映画が基本となっている。‘基本'とはどういうことかというと、実は先程まで話していたボリウッドというものはインド映画産業の中でも御三家の1つ、でしかないのです。

そう、実はもう二つばかりインド映画産業の中で主力として親しまれている異なる言語を使用したジャンルがある。主にインド映画において最も親しまれているものは次の3つだ。

言語 代表作
ボリウッド ヒンドゥー語 きっと、うまくいく
トリウッド テルグ語 マッキー
コリウッド タミル語 ムトゥ 踊るマハラジャ

実は『きっと、うまくいく』と『ムトゥ 踊るマハラジャ』では使用している言語が微妙に違っていたのです。これは言語に知識を持っている人なら分かる違いでしょうが、分からない人にすれば異国の言葉としか捉えていなかったはずだ。

ヒンドゥー語だからヒットした、というわけではないでしょうが、それでもヒンドゥー語とタミル語ではどちらの方が聴いたことがあるかないかでは認知の差はあると思います。そう見るとテルグ語などという言語を知っている人は、かなりのインド映画通と言えるでしょう。

ほとんど独立したものと見るべき

括りとしてはインド映画産業に含まれますが、主要言語が異なる点を思えば見る人は自然と使用している言葉が用いられている映画を見る傾向が強いはず。地域と言葉、この2つは国内でも独立した存在となっているため、それぞれの作品を評論したりする専門家などもまた別々なのです。

意外と複雑な産業構築をしていると思うでしょうが、これもまた多民族かつ多言語で多宗教国家ならではの副産物だ。

日本で流行っているのは

こうした歴史から見れば、かつて90年代末期においてインド映画ブームの第一次が勃発した際には、基本『タミル語』を使用したインド映画が親しまれていました。しかしそれも様々な要因によりブームは呆気無いほど収束していき、最終的に微塵も残さず消滅してしまいます。言い方は残酷だが、事実なのだからしょうがない。こうしたインド映画の、日本での黒歴史的な部分を踏まえて後に台頭してきた『ヒンドゥー語』を使用したインド映画が今度は新たに第二次ブームを扇動している。

ヒンドゥー語はインド国内で第二・第三言語として利用されていることもあり、インドを訪問する日本人や将来的にインドで働こうと考えている人たちからしても、ヒンドゥー語の習得こそ大事と言える存在となっている。いくら地域や言語が複数あるとはいえ、その中でも主力とすべきものが出てこなければ、やはり色々不都合なのは目に見えている。そういう意味では映画産業でも必然と利用頻度が高い作品がヒットする傾向にある、とも言えなくもない。

言葉が覚えずとも良い

ではヒンドゥー語をある程度勉強してから映画を見るべきかといえば、それは英語を学んでから洋画を見るべきだと言っているようなものです。吹替もあるので無理して覚えずともいいですし、インド映画の醍醐味は『言葉が分からなくても、印象勝負で迫力満点の映像美で魅了する』というのが目的だ。言葉が理解できなくても、劇中で展開される内容をじっと見ているだけでハッピーにしてくれるのは、やはりそれだけの力があるという証拠。

肩の力を抜いてリラックスしながら見る、それだけで十分楽しめるのがウリだ。