積極的に制作されている

インド映画については度々持ち上がることはあっても、日本で極端に話題が広がることはありませんでした。筆者にすれば初めてインド映画なるものを見たとするなら、とあるテレビ番組の企画で作られた短編映画だろう。お笑い芸人たちを中心としてキャスティングされ、舞台はインドとなっているため、厳密に言えば日本人が主演でもインド映画として見る分には申し分ない。ですがこちらの作品はチェイスを始めとした、大々的に宣伝がされている作品と違って非常にマイナーな作品でもあったので、いまいちインドの映画はこういうものだと、そう思うまでには至らなかった。

そう考えるとやはり『インド=映画』といった印象が薄いようにも感じられるかもしれませんが、実はそうではないという。その理由としても、インドとはその本質に『多言語・多宗教・多民族の国家』という性質を持っているからだ。

またかつてその歴史からインドの植民地だったこともあって、娯楽に対する追求もハリウッドに負けず劣らずのものとまで言われているほどで、モノづくりに掲げる情熱も大きい。またインド映画は特に娯楽性を重視していることから、話している内容が分からなくても楽しめる、というのも1つの特徴となっています。

ご都合主義丸出し

インドにおいて映画とは、とにかく『分かりやすくする』というものが根底に制作陣の中で共通事項となっている。そのせいもあってか、時折物語の展開を考えてもこれは急すぎるといった内容が繰り出されることも少なくない。それというのも物語の内容は最初から度外視して、劇中にて繰り広げられるド派手なアクションやシーンを優先的に盛り込むようにしがちなのだ。見た目のわかりやすさを意識して、豪奢な衣装に身を包んだ美男美女、広大なロケ地やセットで繰り広げられる大規模で美麗な演出など、そんな雰囲気がかつてないほどに強調されている。

時折大げさではないかと思わせる部分もありますが、それはそれというのだ。そのせいか、演出にこだわるせいか脚本の展開など総意とばかりに全無視もしばしばあるという。何とも脚本家泣かせな対応だ、結果的に無理やり道筋を合わせるために展開を自己都合で監督が改変することもあって、前後の内容に齟齬が生じてしまうなど頻繁に起こっているのだ。

産業としてどうなのだろうかと疑問しか湧いてきませんが、いかに奇抜な内容になっても最後がハッピーエンドにて締めくくられることもしょっちゅうだという。

ご都合主義でも許されない事はある

一見すると派手なら何をしても問題ないと見る人もいるかもしれませんが、その実できちんと精査しなければいけない問題もあります。何かというと、『民族・言語・宗教』といったものをネタとして扱っていないかどうかだ。多民族で構成されているインドだからこそ、様々な人物が生活しているのが見えてきます。そのせいもあって、人によって考え方が異なっているのでもし何か1つ、ある民族にとって極めて危ない発言をしていることもある。

日本もそうだが、ハリウッドでも時折民族間の問題や宗教、またセクシャリティに関する話題を取り上げた映画などを制作しているので、そういった作品をインドで公開するというのは、かなり勇気が入ります。フィクションの中だけの世界観なんだから気にしなくても良いと、そう告げる人もいるかもしれません。世の中には冗談だと一言で割り切ろと言われても、出来ない問題もある。インド映画ではわかりやすさと娯楽性を特に重要視しているだけに危ない要素を取り込むべきではないという姿勢が一般的なのです。

基本的にハッピーエンド

脚本無視は日常茶飯事、常にド迫力な演出が盛り込まれた内容がインド映画の醍醐味となっていますが、そうした中でもう一つ特徴的な事がある。それはいかなる展開になっても、物語は絶対にハッピーエンドで締めくくられるという点だ。

それで良いのかと疑問に思うかもしれませんが、これがあってこそのインド映画なのです。

通称ボリウッドと呼ばれるだけのことはある

ただインドにおいて映画は産業としてもそうだが、国民が楽しむ娯楽として非常に重宝されている部分がとても大きい。文化的な側面もあってか、インド国内における映画産業は『ボリウッド』と呼ばれており、また1年間で計1,000作品もの映画を制作しているのもある。日本はもちろんだが、ハリウッドでさえ年間200作品となっているだけにその5倍も差がある。

そうした中で、国内だけでなく世界にも対抗できるような作品としてチェイス! などは通常国内で親しまれる内容ではない、テーマを用いて制作しただけに自国の独特な世界観がないこともヒットの一員となっている。